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最高裁判所第二小法廷 平成8年(オ)2168号 判決

上告人

服部佐知子

服部哲也

右両名訴訟代理人弁護士

田中紘三

田中みどり

被上告人

日本不動産クレジット株式会社

右代表者代表取締役

加藤幸一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人田中紘三、同田中みどりの上告理由について

不動産の死因贈与の受贈者が贈与者の相続人である場合において、限定承認がされたときは、死因贈与に基づく限定承認者への所有権移転登記が相続債権者らによる差押登記よりも先にされたとしても、信義則に照らし、限定承認者は相続債権者に対して不動産の所有権取得を対抗することができないというべきである。けだし、被相続人の財産は本来は限定承認者によって相続債権者に対する弁済に充てられるべきものであることを考慮すると、限定承認者が、相続債権者の存在を前提として自ら限定承認をしながら、贈与者の相続人としての登記義務者の地位と受贈者としての登記権利者の地位を兼ねる者として自らに対する所有権移転登記手続をすることは信義則上相当でないものというべきであり、また、もし仮に、限定承認者が相続債権者による差押登記に先立って所有権移転登記手続をすることにより死因贈与の目的不動産の所有権取得を相続債権者に対抗することができるものとすれば、限定承認者は、右不動産以外の被相続人の財産の限度においてのみその債務を弁済すれば免責されるばかりか、右不動産の所有権をも取得するという利益を受け、他方、相続債権者はこれに伴い弁済を受けることのできる額が減少するという不利益を受けることとなり、限定承認者と相続債権者との間の公平を欠く結果となるからである。そして、この理は、右所有権移転登記が仮登記に基づく本登記であるかどうかにかかわらず、当てはまるものというべきである。

これを本件についてみるに、原審の適法に確定したところによれば、(一) 本件土地の所有者であった服部庸一は、昭和六二年一二月二一日、本件土地を上告人らに死因贈与し(上告人らの持分各二分の一)、上告人らは、同月二三日、本件土地につき右死因贈与を登記原因とする始期付所有権移転仮登記を経由した、(二) 庸一は平成五年五月九日死亡し、その相続人は上告人ら及び中鉢圭子であったが、圭子については同年七月九日に相続放棄の申述が受理され、上告人らは同年八月三日に限定承認の申述受理の申立てをし、右申述は同月二六日に受理された、(三) 上告人らは、平成五年八月四日、本件土地につき右(一)の仮登記に基づく所有権移転登記を経由した、(四) 被上告人は、庸一に対して有する債権についての執行証書の正本に庸一の相続財産の限度内においてその一般承継人である上告人らに対し強制執行することができる旨の承継執行文の付与を受け、これを債務名義として本件土地につき強制競売の申立てをし、東京地方裁判所は平成六年一一月二九日強制競売開始決定をし、本件土地に差押登記がされたというのであるから、限定承認者である上告人らは相続債権者である被上告人に対して本件土地の所有権取得を対抗することができないというべきである。そうすると、本件土地が限定承認における相続債権者に対する責任財産には当たらないことを理由とする上告人らの本件第三者異議の訴えは棄却すべきものであり、これと同旨の原判決の結論は正当である。論旨は、原判決の結論に影響のない事項についての違法をいうものであって、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官河合伸一 裁判官福田博)

上告代理人田中紘三、同田中みどりの上告理由

○ 上告理由書記載の上告理由

第一 原判決は、要するに、死因贈与がなされた場合において相続の限定承認がなされたときは、たとえその死因贈与につき死因贈与者の生存中に始期付所有権移転の仮登記が経由されていてもその仮登記に順位保全効は認められないと判示するものであるが、これは、民法第一二九条、第九二五条及び不動産登記法第二条、第七条の解釈適用を誤るものであるから原判決は破棄を免れず(民訴法第三九四条)、原々判決(第一審判決)を正当とする旨の判決が言い渡されて然るべきである(民訴法第四〇八条)。

一 特定物を目的として死因贈与の契約が成立したときは、贈与目的物の所有権は贈与者の死亡と同時に当然に死因受贈者に移転する。この場合において不動産が目的となっているときには、死因受贈者と当該不動産の譲受人との優劣関係は、民法第一七七条の場合における対抗問題として解決される。これは、最高裁昭和三三年一〇月一四日民集一二巻一四号三一一一頁に示された判例理論(被相続人が不動産の譲渡をなした場合、その相続人から同一不動産の譲渡をうけた者は、民法第一七七条にいう第三者に該当するというのが判旨)の当然の帰結というべきである。

そして、この判例理論を踏襲した最高裁昭和五八年一月二四日民集第三七巻一号二一頁は、第二判旨部分において、「受贈者と買主との関係はいわゆる二重譲渡の場合における対抗問題によって解決されることになる」と明確に判示している(この判例を解説したジュリスト昭和五八年度重要判例解説七二頁も、「本件判旨は、取消しできない死因贈与においては、当事者間の関係と対第三者関係とは、次元を異にする問題と明確に指摘し、後者を二重譲渡、対抗問題になるとする。この点こそ新しい指摘として注目されるのである。」と述べている)。

以上は、不動産の受遺者と同不動産を差押えた相続債権者との関係を民法第一七七条の対抗問題として理解する最高裁昭和三九年三月六日民集一八巻三号四三七頁とも整合する判旨である(本件被上告人のような差押債権者も民法第一七七条の対抗問題における第三者として位置づけ得ることについては、同判決を解説した最高裁判例解説昭和三九年度七〇頁の引用判例文献参照)。

二 以上によれば、死因受贈者は、贈与を原因とする登記を経由するまでは、死因贈与者からその目的不動産を譲り受けた者やその目的不動産の差押債権者に対して対抗できない(民法第一七七条の適用による)ということになる。また、これを逆にいうと、死因受贈者は、ひとたび当該贈与を原因とする所有権移転登記をうけたときは、その登記により、民法第一七七条に基づく対抗力を取得する。

このような所有権移転登記は、贈与の効力が生じた時点である死因贈与者の死亡時以後において可能であるのは勿論であるが、その生前においても本登記の順位保全を目的とした所有権移転仮登記(一号)をすることができる(遺贈の場合においては、遺贈者の生前においては、かかる仮登記(一号)をすることができない)。

すなわち、死因受贈者は、死因贈与者の生前においてすでにその死因贈与者に対し、死因贈与の履行請求権を有しているのであり、それゆえに、死因贈与(民法第五四五条)の契約が締結されたときは、死因受贈者は、右の権利に基づく本登記請求権の順位を仮登記(不動産登記法第二条一号)によって保全することができるのである(不動産登記法第七条)。しかもそのような仮登記には、すべての相続債権者に対する関係において「警告的効力」(大審院大正六年九月二〇日民録一四四五頁は、「第三者ト難モ……仮登記ヲ為シタル者アルコトヲ知リ得ベキ地位ニ在ルモノナレハ同時ニ仮登記ニ次テ後日本登記ノ必然的ニ生シ得ヘキコトヲ知ルモノト謂フヘク従テ……後日本登記ヲ為スコトヲ予期サセルヘカラサル」と明言する)が付与されることになっている(倉田卓次、判タ一七七号一六〇頁「仮登記の順位保存の効力とは何か」は、この警告的効力が順位保存効の本登記以前の段階における反射効だと言う)。

このような法律関係のもとにおける死因受贈者の権利は、相続につき限定承認がなされた場合においても、消長をきたすはずがない。死因受贈者が相続人であるということも右の法律関係に消長をきたす事由とはならない。法律関係の面が異っているからである(民法第九二五条は相続人が仮登記名義人である場合においてもその原因関係について適用される。また、限定承認に関しては、破産法第五五条に相当する規定は存在しない)。

三 相続につき限定承認がなされたときは、死因受贈者と相続債権者との関係においても対抗関係が生じるものと解される(大審院昭和九年一月三〇日民集一三巻九三頁、最高裁昭和三一年六月二八日民集一〇巻六号七五四頁参照)。この場合においては、死因受贈者が法定相続人であることもあれば、そうでないこともある。

また、蛇足的なことではあるが、本件とはことなり、死因贈与者の生前になされた仮登記の本登記によらない登記をしてしまったときは、単純承認ないし登記無効という別個の問題を生じさせてしまうことがある。しかし、本件においては、このような別個の問題が生じることはない。死因贈与にともなう本件仮登記は、被上告人の本件差押登記に対する関係においても順位保全の効力を有するのであって、その仮登記に基づく本登記により相続債権者に対する弁済額が減少するようなことはないからである(法定単純承認事由は民法第九二九条の弁済額を不当に減少させてしまう一定類型の行為であるところ、すべての相続債権者(被上告人を含む)に対して対抗力を有する本件本登記によってそのような事態が招来されることはない)。

四 原判決は、相続につき限定承認がなされたときは、死因贈与に基づく本件仮登記に順位保全の効力はないと判示する。しかし、その結論のみならず、理由もおかしい。

原判決は、遺贈と死因贈与とは同様の法的効力が認められるというが、これは、本件事案に関する限りにおいては、両者に共有する法的効果の発生時点という一面のみに幻惑された判示である。契約によって発生する死因贈与には、遺贈には見られない次のような特色があることを忘れてはならない。

(一) 言うまでもなく、死因贈与は、贈与者と受贈者間における契約であるから、贈与者においてたやすく撤回できるとは限らず(最高裁昭和五七年四月三〇日民集三六巻四号七六三頁)、また、特段の事由もないのに死因贈与の効力発生を妨害する行為(死因贈与と両立しない行為)をすれば、死因贈与者に対する損害賠償義務を生じさせる(民法第一二八条)。従って、もしそのような行為があれば、死因受贈者とされていた者は、相続開始とともに損害賠償請求権を行使できるようになる。これは死因贈与だけにみられる特色である。

(二) また、死因受贈者は、死因贈与者の死亡前にその贈与をうける権利をあらかじめ第三者に譲渡するなどの処分をすることができる。また、その侵害も不法行為とされる(民法第一二八条及び第一二九条が始期付契約にも適用されることについては、注釈民法四巻三九一頁参照)。また、仮登記がなされたときは付記の仮登記もすることができる(昭和三六年一二月二七日民甲第一六〇〇号法務省民事局長通達・先例集追Ⅲ七四三頁参照)。

(三) また、死因贈与者にさきだって死因受贈者が死亡した場合、その死因受贈者の相続人は、その後における死因贈与者の死亡と同時に死因贈与の履行を求め得るようになるという見解もある(新版注釈民法一四巻七二頁)。これによると、たとえば、父親が長男に死因贈与した場合において、長男が先に死亡したときは、長男の妻は相続人とはならないが死因贈与の履行請求権を取得する。長男の子も同様に履行請求権を取得するが、これも長男の死亡時に死因贈与契約履行請求権を相続したことに基づく(右の例において、長男が死亡したときは、長男に対する遺贈は、その相続人に対しいかなる法的権利も生じさせない)。

(四) また、民法第九二五条は、遺贈には適用の余地がないのに反し、死因贈与には全面適用されるのであって、その点においても死因贈与と遺贈との間には大きなちがいがある。原判決は、相続人が死因受贈者の場合には民法第九二五条が適用されないという解釈をとっている如くであるが、民法第九二五条にいう権利義務は民法第一二九条にいう権利義務と同義のはずである。

五 原判決は、仮登記権利者が相続人であるという理由によってではなく、死因贈与も遺贈もそのいずれもが死亡時に効力を生ずるという理由により仮登記の順位保全効を否定するものであるが、このような解釈は、関係法条との整合性を欠き、かつ合理性も欠いている。

(一) すでに述べたように、死因贈与は、死因贈与者の生前においてすでに権利義務を生じさせる点において、生前処分の一種であって、生前にはいかなる権利義務も生じさせない遺贈とは異なっているのであるから、関係法条の適用のされ方も異なってしかるべきである。

(二) 原判決によれば、本件の場合、死因贈与の仮登記は、たとえその仮登記が死因贈与者の生前に経由されたものであっても、警告的効力も順位保全効も有しないということになるが、負担的死因贈与(通常負担の内容は登記簿上明らかにならない)や贈与以外の死因契約(死因抵当権設定契約、死因売買契約等)については異なった取り扱いをうけることになるのかについての問いに答えていない。また、限定承認の効果が死因贈与者の死亡時以前にまでさかのぼるような解釈(あるいは前掲最高裁昭和五八年一月二四日との関係においていえば、仮登記権利者と相続債権者との間の対抗関係が本登記手続時のいかんにより認められたり認められなかったりするような解釈)は説得力を有しない。

原判決の論理は、限定承認の場合における死因贈与契約を原因とする始期付所有権移転仮登記をほぼ全面的に無意味にするものである。死因贈与の多くは(とりわけ負担付贈与の場合には)、死因受贈者が死因贈与者の生前又は死後において一定の対価負担をしているという事実にも目を閉じている(なお、負担付死因贈与の被贈与者のなかには、売買契約において代金を先払いした場合に比肩される経済的負担を負う者もいるのに思いをいたすべきである)。本件の場合、死因贈与の契約は、扶養義務の履行の一部として行われたものである。

(三) また、原判決の論理では、仮登記を経由した死因受贈者が仮登記の本登記手続を訴求することが許されるのかどうか、許されるとしてその手続きに対する相続債権者の介入がどのような形でなされるのかについて何らふれるところがない。もしも仮登記に順位保全効がないというのであれば、相続財産管理人は、その理由によって、本登記を拒めるということになるが、それでよいのか(それとも、相続債権者なら誰かまうことなく本登記手続き請求訴訟に参加して相続債権者であることを証明しさえすれば、かかる本登記請求は棄却され仮登記も抹消されるというのであろうか)。相続人以外の死因受贈者が死因贈与者の死亡に伴う限定承認後に仮登記上の権利を第三者に譲渡した場合、当該第三者がその仮登記の本登記を訴求することはできなくなるというのであろうか。もし然りとすれば、前掲最高裁昭和五八年一月二四日との判旨とは衝突を来たす。また、原判決の判旨は、仮登記制度の安定性を著しく害する。

民法第九三一条を拡張解釈(特定物にまで拡張した解釈)したうえに、類推解釈(遺贈のみならず仮登記された死因贈与についても類推する解釈)をするというのは、解釈上の難点があるばかりではなく、全く必要性のない解釈だというべである。

(四) 本件は、死因贈与に基づく所有権移転登記が被上告人による差押登記に先行している事例である(かりに、この所有権移転登記が確定判決に基づき経由された場合においてもその登記の効力は否定されるというのであろうか。そうではあるまい)。本件差押登記が本件所有権移転登記に対抗できないことは明らかである(所有権移転登記をうけた死因受贈者は相続人であっても第三者であっても、その登記に関しては、差押をした相続債権者に対する関係においては、第三者たる地位にたつ)。

上告人らが経由した所有権移転登記の登記原因は、相続ではなく贈与なのだから、この登記は仮登記に順位保全効があるか否かにかかわらず、対第三者対抗力を有する。すなわち、仮登記順位保全効を否定しただけでは、上告人ら名義の登記の対抗力を否定する理由にはならない(本件仮登記の順位保全効は、単純承認事由の存否を判断する関係においてのみ議論の価値がある)。原判決は、本件差押登記が本件所有権移転登記より後れていることさえ認定すれば良いのに、余事にとらわれ、余事認定をし、法律判断を誤ったものというべきである。

六 原判決は、債務超過を念頭においた清算手続である限定承認において、遺贈と死因贈与とを別異に扱うべき合理的理由はないという。なるほど死因贈与につき死因贈与者の生前に仮登記が経由されなかったような場合にはそのように言ってさしつかえない。しかし、右は、本件では仮登記がすでに経由されている点を忘れた判旨である(本登記の対抗力を否定するためには、破産法第五五条に相当する明文規定を必要とする)。

第二 原判決は、民法第九三一条が特定物には適用されないとの上告人ら主張に対する判断を脱漏し、上告人らが民法第九二五条に該当する権利があるとの主張をしても、その審理を尽くさず、民法第九二二条の「相続によって得た財産」の解釈適用を誤っているものであり、破棄を免れない(民訴法第三九五条)。

(一) 民法第九二二条にいう「相続によって得た財産」は、民法第九二九条にいう「弁済」の財源となる「相続財産」と同義ではない。抵当権等の負担のある不動産は前者の財産になり得るが、抵当権実行の結果剰余がないこととなるときは、後者の財産とはなり得ない。また、売買や贈与による所有権移転の仮登記がなされた不動産も前者の財産になり得るが、相続開始後にその仮登記の本登記がなされるときは、相続財産から逸脱してしまい、右の後者の財産とはならなくなってしまう(新版注釈民法二七巻五〇五頁、判例時報一五三四号判例評論四三九号二〇八頁下段参照)。つまりは、相続債権者が対抗しえないような権利を有している者がその権利を行使したとしても、相続財産に減少を来たしたとは言えず、相続債権者が有する弁済請求権を害されたとも言えないのである。原判決は、その点において、民法第九二二条の解釈適用を誤るものである。

(二) そこで、原判決は、死因贈与は死亡によって効力を生じる点においては民法第九三一条の遺贈と同一であるとして、本件の場合における仮登記の存在を無視して本件土地が民法第九二二条にいう「相続によって得た財産」であるにとどまらず、民法第九二九条にいう「弁済」の資金捻出財源となる財源にもなるという論理を展開しているが、これは、民法第九三一条の法意を誤解するものというべきである。

民法第九二九条は、その規定のたて方からも判然とするとおり、相続債権者に対する弁済に供し得る換価後財産(金銭的財産)の存在を予定するものであり、民法第九三一条は、受遺者がかかる弁済に関しては、相続債権者に劣後すること、つまり、「相続によって得た財産」のなかに不特定的に包含され混入されているものが遺贈の目的とされたときは、民法第九二九条に基づき、相続財産管理人が相続債権者に対して行う弁済に関しては受遺者に対する支払いが相続債権者に劣後することを規定しているにすぎない。このように民法第九二九条にいう弁済は、同第九三〇条や第九三一条にいう弁済と全く同一の意味をもつ法律用語であって、これらの三つの条文は、第九三三条による換価後の弁済資金による弁済方法を規定しているにすぎない(だからこそ第九三四条一項二文がおかれているのである)。

(三) 民法第九三一条は、特定物の遺贈の履行について規定したものではない(通説もいうように、そもそも特定物の遺贈については弁済という観念を容れる余地がないという理由もある)。同条は、前述のとおり、金銭などの受遺者を一般の相続債権者と同視し、かつ劣後においたに過ぎない。ただし、特定物の遺贈の履行について規定していないとしても、限定承認がなされたときは、相続人は相続債権者に対する関係において遺産の処分権を凍結されるから、受遺者は相続債権者に対抗されてしまう結果になる。しかし、そのような結果は、同条の適用によるものではない(新版注釈民法二七巻五四四頁)。また、その処分権の凍結がさかのぼるのは、遺贈者の死亡時までであって、それ以前までではない。

このことのゆえに、上告人は、原審において、民法第九三一条が特定物に適用されないのであるから、本件死因贈与が同条の適用ないし類推対象になることがない旨の主張をしたのであるが、原判決はこの点に関する判断を脱漏した。

(四) なお、原審において被上告人は死因受贈者が相続人でないかどうかによって仮登記の順位保全効が認められるか否かを判断すべきであると主張したのに対し、原判決は、その視点による判断はしなかったが、それにもかかわらず限定承認があった場合の死因贈与に基づく始期付所有権移転仮登記の順位保全効を否認した。このように、死因受贈者が相続人であるかどうかを判断の対象外においたのは、正しかったと言える(死因受贈者が配偶者及び子供を残して先に死亡した場合や受遺者が後発的事由により推定相続人たる地位を取得したり喪失したりする場合を考えてみれば、そのような不安定な解釈がとり得ないことは明白である)。しかしながら、原判決は、事情のいかんをとわず(すなわち、おそらくは負担付死因贈与の場合においてすらも)、死因贈与に基づく始期付所有権移転仮登記には順位保全効がないと認めた。これは前述のとおり関係法条の解釈適用上の誤りをおかすものである。

以上

○ 上告理由補充書記載の上告理由

右の上告理由書の記載は、本件訴訟の訴訟法的性質が請求異議の訴えではなく、第三者異議の訴えであることを前提とするものである。このように本件訴訟が第三者異議の訴えであるというのは、次の理由によるものである。

(一) ある訴訟事件が請求異議の訴えにあたるか、それとも第三者異議の訴えにあたるのかは、その訴訟の原告が便宜的に付した事件名によってではなく、被告の答弁及び抗弁によってでもなく、もっぱら原告主張にかかる請求の趣旨及びその原因となる主要事実の法的構成の仕方のいかんによって定まる(ただし、主張された事実が請求の訴えの請求原因としてであるのかそれとも第三者異議の訴えのそれであるのかの判断については、裁判所は必ずしも当事者の法的見解に拘束されないというのが判例理論だと思われる)。

(二) 本件訴訟は、第一審原告ら(上告人ら)が強制執行の目的物である土地につき死因贈与に基づき対抗力ある所有権を取得した(仮登記のある始期付所有権移転の始期が到来し本登記が経由された)ことを理由として、当該土地についての強制執行の不許を求める訴訟であるから、民事執行法第三八条にいう第三者異議の訴えそのものである。

本件訴訟において、同事件第一審原告らは、債務名義にかかる請求権の存在又は内容についての異議を有することを内容とする請求原因事実の弁論主張をしていないのであるから、本件訴訟は執行債務者たる資格において提起され維持されたものではない。従って、本件訴訟は民事執行法第三五条にいう請求異議の訴えにはあたらず、これを請求異議の訴えだと解する余地はない。

(三) 本件訴訟の請求の趣旨は、第三者異議の訴えにおける典型的な請求の趣旨の記載によっている(請求異議の訴えの場合における請求の趣旨は、原則として、このような請求の趣旨とはしない)

(四) 被上告人らは、本件不動産につき、亡服部庸一相続財産管理人が執行債務者の法定代理人だとして強制競売開始決定を受けているのであって、このような執行債務者の表示の仕方は誰が請求異議の訴えの原告たる当事者適格を有するのかを決定づけるものというべきである。

本件訴訟においては、上告人らは亡服部庸一の相続人すなわち執行債務者たる地位にあることを前提としての法的主張をしているのではない。そのことは、相続につき限定承認をした上告人らが、それにもかかわらず服部哲也につき相続財産管理人を法定代理人として本件訴訟行為を行っているのではないという点にもあらわれている。このことからも、本件訴訟が請求異議の訴えではないことが明白である。

(五) 本件訴訟においては、上告人らは、右相続人とは無関係の本件土地譲受人たる地位において強制執行不許の請求をしているのであるから、当然のことながら、相続財産管理人を法定代理人とはしていないのである(相続財産管理人は、そのような請求に関しては、法定代理人となり得ない)。

(六) 本件訴訟において上告人らは、服部庸一の死亡に言及しているが、これは前記始期付所有権移転の契約における始期の到来を主張し、相続の発生に関する被上告人の主張に対し、相続は上告人ら請求のさまたげにならないとの反論を内容とするものにすぎず、上告人ら主張の請求原因事実には上告人らが相続人であるとの主張は全く含まれていない。

(七) 上告人らは、本件不動産が相続財産だとして執行対象とされたのに対して、当該本件不動産は相続財産から事前に離脱しておりその離脱は相続債権者に対する対抗力を有するものであって上告人らは服部庸一の相続人であると否とにかかわらず(すなわち相続人たる地位とは無関係に)このような対抗力をもとにして執行不許を請求できる(第三者異議の訴えにより執行排除を請求できる)と主張しているものである。このように相続人であることを前提としない執行不許訴訟の法的性質は、請求異議の訴えの性質をもち得ない(上告人らは、かりに相続人であるとしても、という法的主張を、予備的にすら、してはいないのであるから、そのような法的主張がなされた場合における訴えの法的性質に立ち入り検討することは無用である)。

本件訴訟においては、相続の限定承認への言及もなされているが、これは本件の場合における相続の限定承認と死因贈与との優劣関係に関する同訴訟被告主張を争う文脈においてのみである。

(八) なお本件訴訟においては訴訟の名称が請求異議事件とされているが、これは便宜的な慣行的訴訟名称にすぎず、上告人らの主張中には、請求異議の訴えとなるべき事実主張が含まれていない。また、このような便宜的訴訟名称は、訴えの性質を決定するよりどころとなるものではない。すなわち、このような名称は内実を伴っていない点において不適切であったが、当初に付した名称を後日にいたって変更しないという裁判実務上の慣行があるとの理解からそのままになっていたに過ぎない。

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